アーティキュレーション [奏法]
チェンバロの重要な奏法にアーティキュレーションがある。
辞書をひくと、関節という意味と、明瞭な発音、文節、明確な表現…などと出てくる。
鍵盤楽器の一番有利な点は、かなり楽に複数の音を出せる、小さい幅で、大きな音域を演奏できるという事が上げられるが、その反面、音を作る、音楽の輪郭をはっきりさせる、音域の幅、などを演奏していても、意識が行きにくくなるという欠点がある。
というのも、指で鍵盤を押せば、簡単に音が出てしまうからだ。
チェンバロの場合は、音の強弱は、大きな意味では、出せない。
その為に、画一的な音が出てしまいやすい。そこで、この「アーティキュレーション=明瞭な発音」が重要な奏法となってくる。
具体的にいえば、音をつなげるのか、切るのか、どのくらいそうするのか。と言う事になる。
ヴァイオリンの場合は弓の動かし方、管楽器で言えば、タンギングにあたる。
これが舞曲の場合は,比較的やりやすい。3拍子であれば、1拍目をはっきりさせれば「強弱弱」というリズムが生まれ3拍子が明確になる。チェンバロでこれを表現する場合は3拍目の長さを短くきり、1拍目との間を空けることによって1拍目が明瞭になる。
たとえば
バナナ・りんご・みかん・・・という言葉を明瞭にしゃべるようにすれば良い。
これが、途中間違えて
バナナ・りんごみ・かん・・・なんてなってしまったら、途中は4拍子になってしまうし、意味の分からない言葉をしゃべる、または舌足らずなしゃべり方になってしまう。
しかし、舞曲ではない場合は、その時代の様式感や、作曲家の意図した事に当てはめながら、「良い趣味」でもって、このアーティキュレーションを選択していくことになる。
これが、演奏家によって、演奏の輪郭や、しゃべり口が変わる大きな要因になっている。
こちらは、少し長めの文章を例に挙げると分かりやすい。
「きょうしつおんがくはなし」という言葉があったとする。
これは「教室音楽話」または「教室、音楽は無し」はたまた、「今日、室温が9は無し(ちょっと意味不明)」かもしれない。
この判断は、その前後の話や、そのときの話題、でかなり分かってくる。音楽もその為に、この音の背景にはなにがあるのか、何を意図してのかを探せば、ある程度の答えが出てくるものである。
そこで、様々なことにアンテナを伸ばす必要がある。
アーティキュレーション・・・これが演奏上のくせものです。